見送りの理由として私が書いたコメントの中で、いちばん正直なのはこれだと思います。
「給与面が転職の理由だが、当社給与水準と大きな差がないため、いい人材であったとしても内定受諾までは難しいかも」
読み返すと、自分でも身も蓋もない文章です。ただ、ここに書かれているのは能力の評価ではありません。会っても決まらないと分かっているから、会わなかったという話です。応募した側からは「落ちた」ように見えますが、内側で起きていたのは別のことでした。
「40代の転職は厳しい」と言われます。私が選考をしていて実際に厚いと感じる壁は、面接の受け答えではなく、その手前にあるこの計算です。この記事では、選考が始まる前に何が起きているのかを、自分の失敗も含めて書きます。
選考は、始まる前に終わっていることがある
書類を見るとき、私は経歴を読む前に一つ確かめます。その人が動く金額と、こちらが出せる金額が重なるかどうかです。
重なっていなければ、そこで手が止まります。経歴が良ければ良いほど止まります。会って、盛り上がって、条件を出して、断られる——その過程に双方の時間を使わせるくらいなら、最初に見送るほうが誠実だと考えてしまうからです。
ちち「この方は間違いなく力がある。でも、うちが出せる額では動かないだろうな」——このとき考えているのは、その人の価値ではなく、こちらの財布です。
ここが厄介なのは、応募した側にはこの計算が一切見えないことです。返ってくるのは同じ不採用通知なので、面接の練習が足りなかったのかと考えてしまう。でも、この段階で止まっているものは、面接対策では一切動きません。動かせるのは金額の側だけです。
うちの求人票の金額が、市場と合っていなかった
ここからは自分の失敗の話です。重なりが作れていなかったのは、応募者側ではなくこちら側でした。
採用を振り返ったとき、私はこう書いています。「内定辞退の理由は年収が多く、7人中4名。今のオファー額では取りきれない説が濃厚です」。内定まで出した方の半分以上が、金額で他社に流れていました。
他社の提示額を調べると650万〜750万で、こちらの額では競り負けていました。同じ振り返りの中で、私は自分の認識をこう修正しています。「都市圏で資格を持っている人なら、700万が最低ラインなのかもしれない」。
つまりレンジが合わないのは、応募者の価値が足りないからではなく、企業側の設定が市場からずれているからという場合が、普通にあります。私はそれを1年ぶんの内定辞退を見てから気づきました。
だから、応募が通らない状態が続いているとき、疑う先は自分の市場価値だけではありません。相手の求人票を疑ってよいのです。書かれている想定年収が市場と合っていない会社は、実際にあります。私がその1社でした。
求人票の想定年収は、真ん中より下で読む
重なりを見積もるとき、応募する側が使える材料は求人票の想定年収しかありません。ただ、ここに落とし穴があります。
ある職種で、うちが出していた求人票の記載は「想定年収 430万円〜600万円」でした。同じ時期に実際に提示した額を並べると、450万円、475万円、550万円です。上限の600万円に近い額は、この期間に一度も出していません。
ズレ幅はだいたい上下50万〜100万円で、しかも下に振れるほうが多いです。スキルが足りていない方には、下限から中央のあたりで出すことになるからです。上限は「この条件が全部揃えば」という額なので、書いてあっても標準ではありません。
だから、求人票の上限を見て自分の希望額と重なると判断すると、見積もりがずれます。真ん中より少し下を、その会社の現実的な線として読んでください。そこで重ならないなら、その求人は最初から候補ではありません。
「求人が減る」と言われるが、応募は減っていない
もう一つ、実務の景色として書いておきたいことがあります。
東京での採用を振り返ったとき、応募がいちばん多く来ていたのは40代・50代の層でした。むしろ困っていたのは反対側で、20代からの応募がゼロという状態が続いていました。だから私たちは、求人票の書き方を見直して若い層の応募を増やす方向に手を打っています。
この数字を出したのは、励ますためではありません。減っているのは応募機会ではなく、金額が重なる相手の数だと言いたいからです。応募先は足りています。足りていないのは、レンジの合う相手を選べているかどうかです。
自分の希望額がどのあたりに置かれるのかを先に測っておくと、この選び方が変わります。測り方は「市場価値は「エピソードの粒度」で決まる」に手順を分けて書きました。
同じ人でも、応募先によって出せる額が変わる
もう一つ、見落とされやすい仕組みがあります。こちらが出せる額は、その人の実力だけで決まっていません。応募してきた職種によって変わります。
経験のある分野に応募してもらった場合、いまの年収はそのまま根拠として使えます。「その額で成果を出してきた人」という読み方ができるからです。ところが未経験の分野に応募してもらうと、その根拠が丸ごと使えなくなります。私は実際に、専門分野を変えて応募してきた方について「長期の定着に懸念」と書いたことがありますが、正体はここでした。立ち上がるまでの期間を、こちらが持たなければならないからです。
これは、同じ人が2つの求人に応募したときに、片方では重なり、片方では重ならないという意味です。希望額を動かさなくても、応募先の選び方だけで重なりは作れます。経験と地続きの職種を1つ混ぜておくと、選考が動く確率が変わります。
では、安く出せば通るのか
ここまで読むと、希望額を下げれば重なりが作れそうに思えます。そうはなりません。
私は、うちの水準より低い希望額の方を見送ったこともあります。金額の面では何の問題もなく、下げてもらう必要すらありませんでした。それでも見送っています。安く採れるという事実は、採らない理由を一つも消してくれないからです。
逆の失敗も経験しています。合いそうな人を幅広く採ってみた時期があり、そのときは入社後の離脱が続きました。価格で空いた枠を埋めると、埋まるのは枠だけで、うまくいかない理由はそのまま残ります。私はこれを社外の方に相談するくらい気にしていました。
それに、希望額が相場よりかなり低いと、こちらは金額の代わりに理由を探し始めます。事情があるなら一行書いてあれば済むのですが、何も書かれていないと「聞いていない話があるのだろうか」と考えてしまう。安さは安心材料になりません。
結局、希望額を下げるのは手段としては弱いのです。下げるより、重なる相手を選び直すほうが早い。同じ希望額でも、出せる会社と出せない会社があります。
金額の裏づけとして、実際に読まれているもの
重なりがある前提で、次に読むのが金額の裏づけです。ここで私が実際に書いたコメントを2つ挙げます。
ひとつめ。「役職もかなり上がっている方なので、色々書いている実績について、自ら手を動かしていたかどうかが心配」。これは経歴書が立派だったからこそ出てきた懸念です。管掌範囲が広く書かれているほど、私はその実績の主語が本人なのかを確かめたくなります。役職が上がるほど、実際にやったことと、自分の下で起きたことの区別がつきにくくなるからです。
ふたつめ。「経験は豊富だが、希望年収に対して即戦力の裏づけがギリギリ」。経験の量ではなく、希望額との対比で書いています。同じ経歴でも、希望額が変わればこのコメントは出ません。裏づけは絶対量ではなく、金額との比で読まれています。
この2つから言えることは、経歴書に書くべきものがはっきりします。肩書きの高さや管掌の広さではなく、自分が手を動かした範囲です。「部門を統括した」より「自分が設計して回した仕組みが一つある」のほうが、金額の根拠として読めます。範囲が狭くて構いません。主語が自分であることが要ります。
私自身が公務員から民間に移ったときも、やったのはこれでした。行政の仕事のうち、自分が手を動かして変えた部分だけを抜き出して、希望額の根拠として並べ直しています。そのときの組み立て方は「転職で年収を上げる方法」に、実額つきで書きました。
動かない=希望額と相手のレンジが重なっていない。ここは受け答えを磨いても変わらないので、応募先を選び直すほうが早い。
動く=重なっているのに裏づけが薄い。ここは書き方で変わる。実績の主語を自分に戻し、手を動かした範囲を書く。
重なりが確認できたあと、提示額が実際にどこまで動くのかは別の話になります。給与テーブルの余白と採用意欲で半分決まっている、という内側の事情は「エージェント経由の年収交渉は実際いくら動くか」に書いています。
最後に、この記事でいちばん伝えたいことを一つだけ。「厳しい」の中身は、能力の話と金額の話が混ざっています。混ざったままだと、動かせない部分に労力を注いでしまいます。分けてしまえば、片方は選び方の問題、もう片方は書き方の問題になります。どちらも手のつけようがあります。










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